「さばけなくて悔しかった」築地に飛び込み、魚の魅力にハマる
仕事ではもちろん魚三昧。自宅でも毎日、食卓には魚料理が並ぶ。
料理家で、築地にある『クリトモ商店』のオーナーでもある栗原友さん。しかし、「もともとは、魚は苦手だったほう」という。肉好きだった父の影響で、大好物は焼き肉。ごちそうといえば、魚より肉だった。
そんな栗原さんが築地市場の鮮魚店で働くようになったのは、2012年のこと。料理の仕事の現場で、魚がさばけなかったのが理由だった。
「私は魚をさばくのが苦手で、その場にいたスタッフにさばいてもらうことになったんです。それがとても悔しくて、すごくショックでした。もっと魚のことを勉強しなくちゃダメだと築地の鮮魚店に飛び込んで、働かせてもらうようになりました」
それまで無縁だった魚市場の世界は、栗原さんにとって驚きと発見の連続だった。何も知らない栗原さんに、魚のことを一から教えてくれる魚市場の人々。誇りを持って働く彼らに混じって、まさに水を得た魚のように仕事にのめり込んでいった。日々、変わる新鮮な魚たちを扱ううちに、すっかり魚の奥深さに夢中になったと言う。
「魚って、同じ種類でも季節や産地で全然味が違うんですよ。私、メヌケ(アコウダイ)という魚が世界でいちばん好きなんです。春になると『ああ、メヌケの季節が来た!』って、桜よりも楽しみにしています(笑)」
メヌケは、海底から引き上げるとその圧力差で目が飛び出ることが名前の由来になっている深海魚。脂がのっていて出汁も絶品! 「もっとたくさんの人に食べてほしい」と栗原さんが熱弁する“推し魚”だ。
高い?めんどう?栗原さんが魚離れに思うこと
栗原さんは2009年に株式会社クリトモを創業。2016年に全国から厳選した鮮魚を国内外のレストラン向けに卸売する「水産部門」と、魚の魅力を少しでも知ってもらいたいと加工食品を販売する「クリトモ商店」を築地にオープンした。魚屋の現場で感じているのは、魚の価格と価値に対する消費者の誤解だ。
「天然魚は決して安いものではありません。価値を理解しないまま“単に高い”というので終わってしまう人が少なくありません」
魚の価格には、漁獲の不安定さや仕入れの難しさ、さばく手間などが含まれる。魚が私たちの手元に届くまでの“当たり前”に気づかずに、値段という数字だけを追いかけてしまうことが、魚離れの一因にもなっているようだ。
「単なる食材として魚を見るのではなく、多くの人の手により貴重な魚が食卓に届いていることを感じながら、大切に味わってもらえるとうれしいですね」
消費者の魚離れの要因は、他にもある。そのひとつが骨の扱いや調理の手間だ。
「子どもの魚嫌いの原因のほとんどが、骨が喉に刺さったトラウマな気がします。さらに、親が魚の調理に慣れていないせいか、皮の部分が上手にパリッと焼けていなかったりもする。そうすると皮がぐちゅぐちゅして気持ち悪い。皮と身の間の脂に栄養があって一番おいしいのに、もったいないですよね」
娘が教えてくれた「養殖魚のおいしさ」
栗原さんは、現在、小学校5年生の女の子の母親でもある。小さい頃から魚を当たり前に食べていた娘さんは、「本マグロの赤身がいちばん好き」。サーモンも大好物で、それを目当てに家族で回転寿司にもよく通っている。
「私はサーモンがそれほど好きじゃなかったのに、娘につられて食べてみたら、意外とおいしかったんです。生食用のサーモンは養殖ですが、別の機会に漬けにして食べてみると、養殖の魚特有の生臭さが苦手な私でも全然気にならなかった。養殖も食べ方次第でおいしく食べられることに気づかされました。天然魚の価格が高騰する中で、一般家庭でも上手く取り入れられれば、より手軽に魚食を楽しめるようになるかも知れませんね」
さらに養殖へのイメージを一変させたのが、餌や水質を個別管理した最先端の養殖現場の見学だ。餌と水を管理することで、養殖独特のニオイも解決できることを学んだという。さらに、加熱してもパサつかず、ふわっとした食感になるように品種改良をした『22世紀鯛』を使った炊込み鯛めしを試食し、魚の未来に可能性を感じたと話す。
「鯛の出汁の味や香りもよかったです。身はパサパサせず、ふっくらやわらか、食べ応えもありました。家族や友人にも食べてみてもらったところ、『超おいしい!』と大評判だったんですよ。この鯛は、炊き込み系の調理にすごく合いそうですね。この鯛めしを食べて、養殖や品種改良に可能性を感じました。養殖手法と品種改良を組み合わせることで、調理法に合わせた魚ができれば、魚食の未来はどんどん広がりそうですよね」
オムレツ、サンドイッチ……魚をもっと自由に楽しんで
もっと大勢の人に魚をおいしくたくさん食べてほしい──。そこには、魚料理への固定観念から自由になることも大切だと、栗原さんはアドバイスする。
「魚は調理法次第で、どんな料理にもアレンジできます。刺し身をオムレツにしたり、叩いてサンドイッチにしたりしてもいい。フライや漬け丼、おにぎりや焼きそばの具……。いろいろな食べ方をすることで、魚の味わい方も変わってくるはずです」

著書の他にもYouTube「クリトモ式」では、さまざまな魚の楽しみ方が提案されている
そんな自由な発想は、魚調理への苦手意識や手間の多さも解消してくれる。
「魚をさばくのが苦手なら、そこにこだわる必要はありません。魚をさばけることが偉いわけじゃない。スプーンで身を削いだっていいんです。そうやって、もっと自由に魚に触れていくうちに、『魚って、こんなにおいしかったんだ』と気づく人がどんどん増えていくと思います」
今、栗原さんは東京農業大学に学生として週5日通学し、発酵を勉強中だ。将来的には、魚の発酵を専門的に学び、その知識を魚料理に活かしていきたいという。
「菌の世界はとても面白くて、例えば鰹節も発酵食品のひとつなんですよ。魚は新鮮さが勝負と思いがちですが、発酵や冷凍、漬けなど日持ちさせる技術はいろいろあります。そういう技術をもっと身近に使いこなして、もっと魚を身近な食材にしていきたいですね」

栗原友さんの考える、魚のおいしい未来
例えば、骨がやわらかく刺さる心配がない魚があると、子どもたちにはうれしいですよね。刺し身にするとおいしい魚、焼くとおいしい魚など、食べ方に合わせて改良された品種を養殖で育てるのもひとつのアイデアだと思います。食材として日持ちして、うまみもしっかりある魚が多くなれば、家庭でも取り入れやすくなりますよね。

栗原友
1975年生まれ。ファッション誌の編集者やアパレルのPR職を経て、2005年に料理家へ転身。2012年から5年間、東京・築地『斉藤水産』に勤務し、2014年1月に同僚と結婚。同年末女児を出産した。2016年10月に築地に鮮魚店の『クリトモ水産』を開店させ、社長に就任。母は栗原はるみ、弟は栗原心平という料理家一家に育った。現在、東京農業大学に在学し、発酵を学ぶ。