海運業と社会に“新しい価値をプラスする”

「商船三井は、船で物を運ぶことで海を利活用してきた会社です。ただ、海の利活用だけ述べるのは簡単なんですが、海の保全を意識しながら活用するとなると、すごく難しいことなんですよね。それに、船は温室効果ガスを排出しながら動いていますし、将来的に他のエネルギーに置き換わっていくことを考えると、海運業がマーケットとして伸び続けるわけでもありません。商船三井が140年間続けてきたビジネスを、今後どう変えていくかということが、そもそも大きな課題としてありました。そこで、新規事業創出の具体策として、スタートアップとの連携に踏み出したのが『MOL PLUS』です。日本の海運業としては初めての取り組みとなります」
既存の海運業の枠を超え、スタートアップの技術やアイデアと商船三井グループのリソースを掛け合わせ、海運業と社会“新しい価値をプラスする”「MOL PLUS」。その対象は多岐にわたり、海運や物流のビジネスモデル変革につながる領域をはじめ、海洋・環境・脱炭素などのサステナビリティ領域にも及ぶ。
そこで出会ったのが、リージョナルフィッシュだった。
物流の価値を問い直す、革新的な視点
近年注目を集める陸上養殖は、飼育環境をきめ細かく管理でき、天候や赤潮の影響を受けにくいことから、品質と供給を安定させやすい点が特徴だ。加えて、餌の量を調整しやすく、食べ残しや排せつ物を施設内で回収・処理できるため、海への負荷を抑えやすい。一方で、生産コストが課題となり、設備投資がかさむうえ、餌代も大きな負担になりがちである。
阪本さんは、こうした陸上養殖と物流を組み合わせることで生まれる新たな価値にも、確かな手ごたえを感じている。
「物流とは『必要なものを必要な場所に届けること』です。しかし、そもそも必要なものが世の中に散在していなければ、物流の価値は薄れてしまいます。例えば、魚は本来海でしか獲れませんが、陸上養殖が広まって都市近郊の陸上でも生産できるようになれば、海から運ぶ必要はなくなります。これはまさに『地産地消』の発想です。こうした状況が進めば、物流に携わる人々は『必要なものを必要な場所に届ける』という価値そのものを再定義する必要が出てくるでしょう。とはいえ、地産地消がどれだけ進んでも、規模や条件によって物流は必ず発生します。つまり、地産地消が進展する社会においても、物流が完全に不要になるわけではなく、むしろ“結節点”や“つながり”を生み出す存在として、新たな役割を果たしていくことが求められるのだと思います」
「また、すごく繋がりがあると思ったのは、品種改良した魚は“早く、大きく育つ”という点です。成長が早ければ餌の量を減らすことができるので、養殖事業者の生産コストはもちろん、海洋汚染の影響をより軽減できます。結局のところ、海を利活用しながら、どう保全していくか。そのバランスを取ることが、海に関わるビジネスが伸びていくためには欠かせないと思っています。そういう意味で、リージョナルフィッシュはこれからサステナブルに成長していきそうだ、と感じたのが率直な印象です」
大企業である商船三井が考える海運業の責務と、スタートアップが生み出す革新的な取り組み。その両者が重なり合い、MOL PLUSが架け橋となることで、新たなシナジーが生まれようとしている。

五感が生み出す、ミライのシナジー
阪本さんは、商船三井とリージョナルフィッシュの協業可能性に気付いただけでなく、その連携をどう活性化し、さらに価値を高めていくかまで思考を巡らせていた。
物流インフラを担う商船三井と、ゼロから価値を創り出すスタートアップ企業——。
本来であれば交わりにくい両者だからこそ、その組み合わせに大きな可能性を見いだしたのだ。
とはいえ、スタートアップとの新規事業を始めようと言われても、現場の社員にとっては唐突に聞こえ、自分事として捉えにくい。そんなメンタリティの壁こそが、商船三井の新規事業創出における最初の課題だった。
そこで、商船三井とスタートアップを自然につなぐ場として選ばれたのが、商船三井ビル内にある社員食堂だった。

商船三井の社員食堂は、船や海をテーマにした「ライン虎ノ門」として2024年4月にリニューアル。中央には大海原に浮かぶ船をイメージしたカフェ&バーカウンターが設けられ、海洋プラスチックを再生した素材の家具も並ぶ。昼は社員食堂、夜はパブとして営業し、洋食のフルコースから懐石料理まで幅広いメニューを提供する。社員の福利厚生にとどまらず、社外パートナーを招いたパーティーなどにも活用されている。
さらに、TABLE FOR TWO(先進国と途上国の“食の格差”を1食20円の寄付でつなぐ日本発のプログラム)と連携した社会貢献型メニューも展開している。
〈メニュー名〉左上:天ぷら盛り付き 海老みそうどん、右上:魚介のペスカトーレ、左下:牡蠣とトマトの中華風スパゲッティ、右下:海鮮丼
リージョナルフィッシュが品種改良した魚を使ったメニューは、「未来のごちそうを味わう」というキャッチコピーのもとで展開されている。これまでにエビを使った「天ぷら盛り付き 海老みそうどん」や「魚介のペスカトーレ」、マガキを使った「牡蠣とトマトの中華風スパゲッティ」、ヒラメを使った「海鮮丼」など、多彩なメニューが複数回にわたり提供されてきた。普段は辛口の意見が多いアンケートでも、毎回非常に高い評価が寄せられているという。こうした人気を受け、今後も長期的に提供を続けていく方針だ。単発ではなく継続して取り組むことで、より効果的な意識づけにつながっている。

「『最先端技術で水産物を品種改良する』という説明を聞くだけでなく、実際に食べてもらうことで、視覚や味覚といった五感を通じて訴求できる点は、とても効果的なプロモーションだと感じました。そもそも新規事業の創出というのは、意識し始めたからといって1ヶ月後に形になるようなものではありません。まず大切なのは、社員一人ひとりにアンテナを高く張ってもらうことです。一歩一歩のアクションが正しいかどうかを、今この段階で振り返る必要はないと思っています。私たちは、社内に対してできること、社外に対してできることを見極めながら、『今日できること』を着実に積み重ねているにすぎません」
海の利活用と保全の両立、そしてミライの水産業を形づくる技術。そのすべてを、社員が日常の中で味わいながら理解することで、次の一歩を踏み出す力が育まれていく。
こうした小さな積み重ねが、やがて大きな変革へとつながり、新たな事業の芽を育て、未来の海を守り切り拓く原動力となっていく。
海に関わる企業のこうした努力の先に、私たちの生活や食卓はより豊かになり、海の美しさは守られていくのだ。
阪本拓也さんの考える、魚のおいしい未来
「選択肢が多い」というのが未来に対する答えな気がしているんです。いち消費者として、食べ物に限らずいろいろなところでサービスを受けることがあると思いますが、いかに一人ひとりのニーズにカスタマイズした商品になっているかというのが、今問われていると思います。魚を提供するときにも、特定のアレルギーがある方でもおいしく食べられるとか、脂ののり方や、味わいにも選択肢が得られるといいですよね。科学的においしさ成分が多いという意味ではなく、それぞれに対応した選択肢を多く与えられるということが僕の考える魚のおいしい未来です。
阪本拓也
2012年京都大学農学部を卒業し商船三井入社。鉄鋼原料船部への配属を経て、2015年にシンガポール法人MOL Capeに出向。2017年に自動車船部配属。2020年に初めて実施された新規事業提案制度に応募し、海運版CVCの設立を提案。2021年4月に国内初の海運版CVCとしてMOL PLUSを設立、代表に就任。2025年には海運分野で初めて「東京金融賞」のサステナビリティ部門賞や、日経新聞主催のNIKKEIブルーオーシャン大賞「気候変動部門」を受賞する等、ESG投資の普及やSDGsの実践が高く評価されている。
