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アレルゲンフリーのエビ!? 前人未到の挑戦が「食べられる!」を増やす

リージョナルフィッシュ株式会社
研究開発部 無脊椎グループリーダー 荻野哲也

あるときから甲殻類アレルギーになって、エビやカニが食べられなくなった……。身近にそんな人はいないだろうか? 甲殻類アレルギーの人も食べられるエビの開発を目指し日々奮闘している人がいる。リージョナルフィッシュ株式会社で、エビやウニといった“無脊椎(むせきつい)動物”のゲノム編集や養殖技術開発を担当する荻野哲也さんだ。世界でもっとも養殖されているが、意外にも日本では成功例の多くなかったシロアシエビ(バナメイエビ)の完全陸上養殖技術確立の裏側や、アレルゲンフリーのエビ実現に向けた展望を聞いた。

研究結果がそのまま商品に!同時並行で進むワクワク感

「ナマコ、好きなんですよ。見るのも触るのも好き。疲れたら海の生き物をぼーっと見るんです。そうすると元気が復活してくる(笑)」
海辺を歩きながら笑顔で教えてくれたのは、リージョナルフィッシュ株式会社で無脊椎動物研究のグループリーダーを務める荻野哲也さん。エビやウニなどといった、“背骨”がない海の生き物を担当する。彼の所属するリージョナルフィッシュは、成長が早い魚や、食べられる部分が多い魚など、水産物の品種改良や新しい養殖技術によって、水産業の発展に寄与する会社だ。

幼少期には深海に憧れがあった、と荻野さん。
「特に図鑑を見るのが好きでした。深海の生き物のページって、なんていうんですかね……なじみがない、奇妙なやつらが多いんです。光ったりしているやつもいるし、形も特殊だし。そんなところにすごく興味をひかれました」

深海に憧れを持ち続け、大学では深海生物を研究テーマに。同じ研究室で隣合わせになったのが、リージョナルフィッシュを立ち上げた岸本謙太さんだった。すでにマダイのゲノム編集の研究成果が出ており、会社の立ち上げも並行していた時期。
「研究結果がそのまま商品になるっていうのは、僕たち研究者界隈ではかなりめずらしい例なんです。すごくおもしろいなと思いました」と荻野さんは当時を振り返る。博士課程修了のタイミングも重なり、荻野さんもリージョナルフィッシュに設立時から参画した。

入社後、最初に驚いたのは魚の飼育。「研究室で扱っていた深海生物とは、サイズも規模感も全然違った」と話す。顕微鏡で見るような研究の仕事があると思えば、その日の午後には飼育現場でずぶ濡れになりながら魚たちの飼育をする。日々飼育の難しさを痛感しながらも、ようやく慣れてきた2020年、任されたのがシロアシエビの完全陸上養殖技術の確立と、ゲノム編集技術によるアレルゲンフリーのエビの開発だった。

「素人だったのが逆に良かった」国内初のシロアシエビの完全陸上養殖に成功!

そもそも、なぜ“シロアシエビ”だったのだろうか?
「その前に、クルマエビの養殖を試そうとしていたこともあったんです。でもマーケットがどうしても日本に特化してしまう。飼育段階で“砂”が必要になるのもネックでした」

「同じ頃、シロアシエビの養殖がブームになりつつあって。世界で今、養殖の生産量としては、シロアシエビはどの魚種よりも多く育てられているんです。さらに国産で種苗がつくられていない、つまり孵化する技術がないということもわかって。これは完全陸上養殖技術を確立すれば、世界も狙える魚種になりうるんじゃないかということで始めました」

当時、国内でシロアシエビを飼育している業者は、海外から種苗を買っていた。「クルマエビの養殖業者さんがシロアシエビの種苗生産を試みている事例は結構ありましたが、成功している事例があまりなかったんです」

荻野さんはエビの養殖に関わったことがなかった。経験のなさがかえって功を奏し、海外の文献を読み、先入観なく試行錯誤できたことが成功につながったという。2022年頃にはシロアシエビの卵を人工孵化させて親にまで育て上げ、その親から卵を採取して人工孵化させる、というサイクルを養殖場内で完結させる、完全陸上養殖のシステムが確立。少しずつ、種苗販売のビジネスができるようになっていった。

「大学院時代には、細かいところまでデータを揃えて論文を書くことがゴールだったんですよね。でもビジネスの世界に入ると、ゴールは種苗を買ってくださる養殖業者や、食べてくださる方が、いいね、と言ってもらえるものをつくること。モチベーションのあり方が違って、最初は苦しんだこともありました。でもこの頃から、仮説が実現する手応えを得て、仕事と研究の両輪が、自分の中でうまく回り始めるようになりました」

アレルゲンフリーのエビが食べられる未来は、いつやって来る?

荻野さんが目下取り組んでいるのは、低アレルゲンのエビをつくる品種改良だ。シロアシエビの中には、甲殻類・エビアレルギーの人が反応してしまう原因物質がいくつかある。その原因物質を、自然界で起こりうる変化の範囲で少しずつ減らしていく。

「原因物質を取り除いてからエビを育てると、狙い通りに除去されたものと、そうでないものが出てきます。原因物質が除去されたエビ同士(1代目)を交配し、2世代目をつくるのが次の段階。さらにその子ども(3世代)までその性質が受け継がれていたら成功です」

成功したら次のアレルゲン原因物質を特定して取り除き、育てて、を繰り返す。アレルゲンフリーのエビができるまでには途方もない作業を着実に粘り強く続ける必要がある。

「低アレルゲンのシロアシエビができる未来はそう遠くないところまできています。そして、その先にアレルゲンフリーのエビができる未来につながる手ごたえも感じています」と荻野さん。

「仮説通りに育っていることが確認できたら、それは研究者としてこのうえない喜びですね。時間はかかるかもしれませんが、いつかアレルゲンフリーのエビをお届けできたらと思っています」

荻野哲也さんの考える、魚のおいしい未来

リージョナルフィッシュに入社して、改めて日本の水産業の衰退にショックを受けました。家族経営で小さく行なっているところが多くて、跡継ぎもいないところも少なくない。かたやノルウェーなどでは大規模な養殖が行われていて、ビジネスとして成立している。日本の水産の未来のために自分に何ができるかを問い直しました。
現状の養殖を続けていては、近い未来に頭打ちが来てしまう。そうならないために、今の自分にできることは、社会のニーズに応える品種改良をして、それを効率的に養殖できるシステムと一緒に考えていくこと。きちんと生産者さんたちが“もうけが得られる”養殖をつくり上げていくには、ゲノム編集を使った品種改良は現状を良くする最良のツールだと思っています。

荻野哲也

リージョナルフィッシュ 研究開発部 無脊椎グループリーダー

1990年生、大阪府大阪市出身。京都大学大学院での博士研究員を経て、2019年に会社設立と同時にリージョナルフィッシュ株式会社に参画。魚類の研究に携わった後に、無脊椎動物(エビや貝、イカ等、魚類以外の水産物)の研究を担当。無脊椎育種研究から養殖技術研究のグループリーダーとして活躍する。好きな魚料理はぶり大根。
京都大学大学院農学研究科博士後期課程修了。博士(農学)。