トップ >オモイのイケス >水槽前が研究室!? 体力&集中力を総動員して魚と向き合う研究者

オモイのイケス

水槽前が研究室!? 体力&集中力を総動員して魚と向き合う研究者

リージョナルフィッシュ株式会社
研究開発部魚類育種グループ 主席研究員 本田祐基

“研究者”というと、白衣を着て試験管を振ったり、机に向かって文献を読んだり……そんなイメージがあるけれど、一体どんなことをしているのだろう? 魚の品種改良を研究している、リージョナルフィッシュの本田祐基さんに聞いてみると、「研究の現場は意外と体力勝負ですよ!」との答えが。タフな研究現場について話を聞いた。

水槽で2キロ超えの魚と格闘!? 扱う卵は1000個以上!?

「白衣は基本、着ないです」と笑うのは、リージョナルフィッシュで魚の品種改良の研究をしている本田祐基さん。本田さんがしている研究は、自然界で起きる突然変異を促進することで、早く成長し、よりおいしく、育てやすいといった、今の社会のニーズに応える新たな魚の品種を品種改良によって作るというもの。野菜やフルーツ、畜産物では当たり前に行われている品種改良だが、水産物についてはまだまだ活用されていない。

品種改良の実験に必要なのが、魚の受精卵。細胞分裂が起きていない産まれたての受精卵のひとつひとつに、ゲノム(遺伝情報)の特定の部分をピンポイントで切ることができる特別な酵素を注入する「インジェクション」という作業が肝になる。

「研究は僕たち研究者がゴム製の胴長を着て水槽に入り、魚をつかまえるところから始まります。魚だっておいそれとつかまってくれず、ここぞとばかりにすばしっこく泳ぎまわるまわる……。中には2キロを超える魚もいて、水中鬼ごっこに毎回悪戦苦闘しています」。実験は研究者のこうした意外な力仕事で成り立っているのだ。

魚を捕まえたら傷つけないように細心の注意を払いながら小さな水槽に移して、卵を産むのを待つ。明け方・昼・夜と観察しながらひたすら産むのを待ち続けるのだ。

そして産卵したら精子をかけて受精させ、いよいよインジェクションが始まる。受精卵ひとつひとつに、注射針を使って酵素を打ち込んでいく。

注射針といっても、医療の世界で用いられるものとは全く異なる。顕微鏡で卵を観察しながら、極めて細いガラス管を卵にあてる。このガラス管はダイヤルとつながっており、手でダイヤルをまわすとガラス管から酵素が入った液が空気圧によって押し出される仕組みになっている。

一見するとアナログな仕組みだが、この機械を使いこなすのは職人技だ。圧がかかりすぎても足りなくても、酵素がうまく卵に入らない。どれくらいダイヤルを回せばいいのか、その加減を手で覚えることが必要になる。本田さんも習得には数ヶ月を要したという。

作業スピードも求められる。時間が経つにしたがい受精卵の細胞は分裂していくため、細胞が1つのうちに打ち込まなければならない。

時間の猶予は魚種によって異なるが、リージョナルフィッシュが品種改良に成功したマダイの場合、理想的な条件は受精してから10分程度。その間に研究者で手分けして、なるべく多くの卵に酵素を打ち込んでいく。受精させては打ち込む、この作業を2〜3時間ひたすら繰り返す。その数はなんと、ひとり1000個以上にものぼる。「卵1個あたりにかけられる時間は数秒しかありません」と本田さん。研究の現場は、アスリート的な集中力と粘り強さと体力が必要なのだ。

研究の道に進んだきっかけはサメ!?

本田さんが魚の世界へ足を踏み入れたきっかけは、小学生の頃に訪れた水族館にあった。水槽のなかを悠然と泳ぐサメの姿に心を掴まれたという。

その後、テレビ番組や図鑑でサメの生態を知っていくうちに、本田さんはみるみるサメの魅力にハマっていった。大学に入学し、学部時代はほかの魚種で研究を進めたが、卒業後は「サメの研究ができるところ」という理由から東京大学大学院に進学。サメの赤ちゃんがどのように栄養を吸収するかについて研究を重ね、博士号を取得した。

幼少期からの夢を叶え、サメの研究で成果をあげた本田さんが、次に興味をもったのが、リージョナルフィッシュでの遺伝子機能の研究だった。

近い未来をもっと良くするという面白さ

本田さんの仕事は、受精卵へのインジェクションをするだけでは終わらない。受精卵を孵化させ、成魚になるまで育てた中から狙った性質や特徴が現れた個体を選び、さらに交配をする。そして、その子供たちに期待した性質が受け継がれていることを確認できたとき、品種改良が成功する。多くの魚たちと日々接する本田さん。特に、卵から孵ったばかりの稚魚を担当している時には「休みの日でも頭のどこかでは魚たちのことが気になってしまう」と話す。一方で、学生時代には得られなかった大きなやりがいもあるという。

「学生時代の研究と最も違うのは、研究成果が世の中に反映されるまでの時間の短さです。大学院でやっていたような基礎研究は、その成果が社会に実装されるまでに長い時間がかかり、もしかすると自分が生きている間には日の目を見ないかもしれない。ですが、リージョナルフィッシュの研究の場合、早ければ数年で品種改良した水産物を商品として世に出すことができます。いつか、自分が中心となって品種改良した魚たちが、食べる人に喜んでもらえたり、水産業に従事される方々の課題解決に役立っていたりする様子を自分自身の目で見たいですね」

食べる人と水産業のより良い未来に貢献できる品種は何か? 魚たちと全力で向き合いながら、その答えを本田さんは探し続けている。

本田さんの考える、魚のおいしい未来

農作物や畜産物と比べて、水産物は品種改良が進んでいない分野です。なので、水産物の品種改良が進んでいった世界を純粋に見てみたいですね。野生環境で育った天然の魚でも十分おいしいですが、品種改良することでどこまでおいしくなるのか、とても楽しみにしています。品種改良が進んでいけば、スーパーの鮮魚コーナーに並んでいる同じマダイでも、「このマダイはふっくら食感」、「こっちのマダイは歯応えが強い」のように、食感や味の特徴ごとに選ぶ未来ができるのではないかと思っています。

本田祐基

リージョナルフィッシュ株式会社 研究開発部魚類育種グループ 主席研究員

1993年生、熊本県熊本市出身。大学院ではサメの胚発生についての研究に携わる。博士号取得後、2021年4月にリージョナルフィッシュ株式会社へ入社。好きな魚料理はカツオのたたき。
東京大学大学院理学系研究科博士後期課程修了。博士(理学)。